打出の小槌
(うちでのこづち)

 とんとむかし、あしやの海に竜神がすんでおった。
 竜神は、大そう大事にしている小槌という宝物を持っておった。
 その小づちをふると、ねがいごとが、すべてかなうという宝物であった。
 しかし、この小槌には一つこまったことがあった。
 小槌をつかっているときに、かねの音がきこえてくると、それまでうちだしたものが、きえてなくなるというのである。
 竜神は、そんなめんどうなものを持っているのがいやになった。
 そこで、いろいろと考えたすえ、都にいき、朝廷にさし上げることにした。竜神は、人の姿になって、朝廷にいき、あつかい方をおしえて、海に帰っていった。

 めずらしい小槌という宝物をもらって、朝廷は大喜びした。
 だが、よくよく考えると、この小槌は、使いにくい。第一に、かねの音が聞こえるとなんでもきえるというのは、まことに困る。都は、寺や神社が多く、一日中、かねの音などなりひびいておる。
 それに一度失敗すると、小槌は役に立たないというではないか。
「これは、困ったものをもらったものじゃ。」
 そう、朝廷の人はつぶやいたそうな。
 ちょうど、その時、あしやの長者が、手がらをたて、都にきておった。
 小槌は、長者にほうびとしてわたされた。なんでもねがいごとがかなうという小槌をもらった長者は、喜びいさんで、国元あしやへ帰っていった。

 長者が、大そうめずらしい宝物を持ち帰った話は、その日のうちに打出の村に知れわたった。
 しまいには、打出村だけでなく、あしやの村人にも、小槌の話はつたわり、人々は長者の家をおとづれ、小槌を見たがった。
 長者は、りっぱな、大きな屋敷にすんでいて、もともと大金持ちであった。だから、とくにほしいものもなく、もらった小槌を床の間のかざりにして、毎日ながめておった。
 村人も、また小槌を見るだけでまんぞくしておったが、
「長者さまや。見せていただいた小槌は、りっぱじゃが、これをふってみせてくださらんことには、話にもなりますまいが。」
と、いいだした。
 長者も、そうたのまれると、なんとのう、小槌を、ふってみたくなった。
 そこで、村人にいうた。
「この小槌は、むずかしい小槌で、ふってみてもええが、かねの音が聞こえると、何もかもがきえてしまい、二度と小槌もつかえなくなってしまうそうじゃ。
 それだけのかくごがいるのじゃ」
 そういって、長者は小槌をふることにした。

 その日、大人も子どもも、村じゅうの人が大ぜい、長者の家にあつまってきた。
 どの人も、どの人も、むねをわくわくさせて、小槌がふられるのを待った。
 とくいまんめんで、長者は、床の間の小槌をとり、人びとの前にさし出し、小槌に深く例をした。
 見ていた人たちも、あわてて地面にすわり頭を下げた。
「今から、この小づちをふる。何がほしいかいうてみよ。」
 長者の声はあたりにひびきわたった。
「黄金(こがね)のこばん。」
 村人は、こえを合わせたかのように、そういうた。
「ようし、では、みんなに、黄金のこばんがあたるように、おねがいしてみよう。」
 長者は、小鎚を、高くふり上げた。
「ここにおりますものたちに、黄金のこばんをあたえてくだされ。」
打出の小槌  その声とともに、小槌は大きくふりおろされた。
 出るわ出るわ。あっというまに、黄金のこばんは山のように積まれだした。
 たくさんたくさんでてくる黄金のこばんは
「ちゃりん ちゃりん ちゃりん」と、にぎやかな音をたてはじめた。

 そのとき、どこかの寺のかねが、あたりになりひびいた。
 あっと、おどろき、寺のかねの音に気がついた長者は、小槌をふる手をあわててとめたが、すでにおそく、またもや、ちゃりんちゃりんと音をたてて、黄金のこばんは、きえていった。
 人びとは、ぼうぜんと、それをみていた。かねの音がきこえると、ねがいごとがきえていく、わすれたわけではなかったが、と、気がついたのがおそかった。

 さいごの一枚がきえたとき、
 長者も村人も、小鎚を見て、
「いい夢を、みさせてもらった。」
と、いったそうな。

 この小鎚は「打出の小槌」とよばれ、打出小槌町という町名として、今に残されている。
 めでたい、えんぎのよい町名は、これからも長く残るだろう。

三好美佐子著
「あしやの民話」より



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